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昆虫料理の研究を始めて十年ほどになる。おいしく、楽しく食べられないかと数多くのレシピを考案してきた。昆虫を食べるというと抵抗のある人は少なくないが、エコロジーにかなうほか、食品偽装とも無縁など、メリットは大きい。なんとか普及の道を開こうと、努力を続けている。 信州の生まれだというと、たいていの人は納得してくれるが、確かに子供のころから昆虫食にはなじんでいた。祖父がカイコのサナギの煮付けが好きで、毎日のように食卓に上っていた。だが、当時はどちらかというと貧しい食というイメージを持っていた。 十年前、東京・多摩動物公園で開かれた「世界の食用昆虫展」というイベントで、カルチャーショックを受けた。世界各地の昆虫食の様子が映像で紹介されたが、旬を待ちかねてうれしそうに食べる地域があり、肉や魚より珍重されたり、イモムシの一種が高値で取引されたりと、昆虫食のイメージが一新した。 これはぜひ自分も実践したい。友人に声をかけ、「昆虫料理研究会」なるグループを立ち上げ、活動を始めた。といっても何のことはない。定期的に河原などに出かけて捕虫網でバッタやセミを捕まえるのだ。当時は子供も小さく、一緒に昆虫採集に出かけることもあったので、ウォーミングアップはできていた。 釣り人が、魚を釣ったその場で塩焼きにして食べるようなもの。食べやすさを重視して、その場で丸揚げにして食べる。塩コショウで味付けをすればビールのつまみになる。季節で昆虫の種類が変わるから旬も味わえる。インターネットで活動を報告し始めると、徐々に参加者も広がった。 こうした活動を四―五年続け、丸揚げにも飽きてきたころ、仲間の一人が都内で喫茶店を開いた。そこで目玉になるようなイベントとして昆虫料理を取り上げられないかと相談を受けたことが、さらにのめり込むきっかけになった。せっかく屋内で料理するのだから、手の込んだ料理にしようと素材集めのかたわら、レシピ作りを始めた。 通勤時、一駅分余分に川沿いの遊歩道を歩く。「もったいない」と思うほど、イモムシやバッタもいれば、カマキリやクモがいる。クモは正確には昆虫ではないが、巣にじっとしているので簡単に捕まえられるのがいい。 土日は、自宅近くの雑木林や河原で捕る。周囲で農薬が使われていないかにさえ気をつかえば、安全な有機食品が手に入る。キノコのように毒性の強い昆虫は少なく、火を通せば衛生面も問題ない。スズメバチなどは殺虫剤を使わない駆除業者に分けてもらう。こうして集めた素材をさっと下ゆでし、冷凍保存して料理に使う。 こうした素材を持ってキッチンにはいると、今ではレシピ作りに協力してくれる妻も、最初はあぜんとした。これから昆虫料理を始めようとする人には、家庭円満のため、鍋や食器類、できれば冷蔵庫も別に用意することをお勧めする。 最初のイベントでは、ブログで告知しただけだが、四十人ほどの人が集まった。作ったのはタレをからめて焼き鳥ふうに香ばしく焼いたスズメバチのくし焼きや、スズメバチの幼虫を生地に練り込んで蒸し上げた「虫パン」など。おおむね好評だったと思う。 乾燥させ粉末にすると食べやすいが、形を残すのが昆虫料理の醍醐味だ。たとえばムカデを素揚げしてチョコでコーティングすればサクサクした食感が楽しめる。アブラゼミの幼虫を素揚げして酢飯に乗せたセミずしは、夏バテを吹き飛ばすエビに似た旬の味だ。 大型のマダガスカルゴキブリは、やわらかな白身魚に似た淡泊な味。バター焼きが絶品だ。最初はペットショップで購入したが、今では飼育している。カブトムシは飛ぶための筋肉が発達しており、ホイル焼きにして殻をむき、胸部の赤身の肉を食べると驚くほどの甘みが舌に広がる。 こうしたレシピは今も毎月のように開くイベントのたびに増え、ブログ(http://musikui.exblog.jp)で公開しているほか、レシピ集『楽しい昆虫料理』(ビジネス社)も出版した。 捕まえて食べるのが楽しくて始めた昆虫料理だが、続けるうちに食料問題などへの関心と結びついてきた。高たんぱく食の昆虫は、畜産や魚の養殖に比べ、低コストで飼育できる。スーパーに並んでいるものばかりを食材と思っている子供たちにとっても、いい教育の機会になるだろう。 昆虫食は、火星での有人調査の際の、自給自足食材として注目されるなど、「未来の食」でもある。私個人としては将来、昆虫料理レストランを開くという夢もある。限りない可能性を持つ昆虫料理の研究を、今後も続けていきたい。 |