[FABLE/虫食通信/第4回例会]

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3倍楽しい昆虫食のすすめ
虫食文化研究会第4回例会報告(2000.8.27)

その1 捕る

その2 料理する

その3 食べる

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稲城市の雑木林

前回と同じ京王線稲城駅に午後6時集合。参加者3名。初めての夜間の例会でした。主としてクヌギなどの樹液にあつまるガやゴキブリが今回の試食のテーマでした。残暑はきびしいものの、ステージはもうウマオイ、コオロギ、ツユムシなど鳴く虫が勢揃いしてすっかり秋にかわっていました。ガ類とヤマトゴキブリをそれぞれ10匹以上、そのほかカブトムシ(メス)など採集ができ、虫たちのかなでる音楽を聞きながらの試食会でした。
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ゴキブリを食べる
白鳥信也

 ゴキブリを食べましたよ、という話をすると一様に、けげんな顔をされる。女性だとその場で口を押さえながら、気持ちが悪いという反応をする人が圧倒的。「そういう人だとは思いませんでした」とも言われたけれど、それほどのことか、たかがゴキブリではないか、と思う。たいがいの人はゴキブリは汚さの象徴ととらえているようなのだ。ゴキブリを食べて死んじゃった人もいるんだよ、という人も多かった。よくよく聞くと「テレビジョッキー関係者」というばかりで、都市伝説の類ではないだろうか。なにしろゴキブリ研究者のなかには、生の刺身で食べる人もいるくらいで、ボツリヌス菌などによる食中毒にさえ気をつければ立派な食材だ。
 今年は、春から夏にかけて、雪印の汚染乳製品や食品への昆虫、小動物混入事件が相次ぎ、そのつど大規模な回収があった。工場のラインが停止したり、販売を一時取りやめたり、虫一匹で大騒ぎだった。中小企業ではつぶれてしまったところもあるくらいだ。雪印の工場汚染の放置はひどいとは思うけれども、菓子や漬物に虫がついたくらいでがたがたするなよ、と思う。虫なんてそこらじゅうにごく普通にいるものだし、知らないあいだに混入している場合も多い。トマトの缶詰や果物ジュースに果実を好む子バエの卵や死骸が入らないほうがおかしいと思う。むしろ、そうした虫類が見た目に気持ち悪いからといって、薬剤を塗布したり、散布しているほうが、よほど恐い。虫自身は、栄養価も高いし、人類は相当期間にわたって昆虫食しつづけることで生き延びてきたはずだ。旧石器時代の代表的な遺跡であるスペインのアルタミラ洞窟にも、ミツバチの巣を採取している人々の絵が残されている。ハチミツだけではなく、ハチの子も食べたはずだ。わたしたちの記憶の基層部にはその味覚が流れているのではないだろうか。何十世代にもわたる昆虫食の味そのものが類的な記憶の川の底を漂っている。だから、僕は昆虫食をするごとに、なつかしいものを思い出すような感覚にとらわれる。はじめて食べるのに、そうではない既食感とでもいう感覚がこみあげてくる。ハチの子のときも、タイ産のサナギのときもそうだった。これから出会う昆虫達にも、同じような感覚がよみがえってくるかもしれない。
今回の昆虫食研究会は、たいがいの人間に嫌われているゴキブリを食する、がテーマとなった。自宅内で同居しているゴキブリ持参案もあったけれども、とりあえず野外にいるゴキブリからということになった。八月二十七日夕方、いつもの稲城の森に参集して、捕獲することになった。当日は、朝からの野球の疲労で門田氏が欠席、僕と内山さん父子で山に登る。山中の開墾地の脇のクヌギ林で、ゴキブリと卵をもったガをめざす。卵をもったメスのガは、前回一匹しか採れず、内山さんが食したところ絶品だったということで、今回の目標リストに加えられた。
夕闇のなかのクヌギの樹には、小型のゴキブリたちがひそんでいた。一般住宅に主に生息しているのは大型種であるクロゴキブリ(ゴキブリ科、成虫30〜38ミリ)で、飲食店などでよく見かけるのが小型種のチャバネゴキブリ(チャバネゴキブリ科、成虫10〜15ミリ)だ。クヌギにいたのは、クロゴキブリより一回り小さなヤマトゴキブリ(ゴキブリ科、成虫20〜30ミリ)で、樹液を好む。ヤマトゴキブリは唯一の日本土着種で、世界でもっとも北限で生息しているゴキブリである。もう北海道にも定着したそうだ。言ってみれば、ゴキブリ界のニホンザルみたいなもの。このヤマトゴキブリを僕は捕虫網でつかまえようとしただが、虫を網で押えてもすぐにデコボコの地面と網のすきまから逃げ出してしまう。やはり、手で捕まえるしかない。屋内型と違って、体表がネバネバしていないので、不快感はない。普通の昆虫を捕まえるのと同じ要領だが、何しろすばしこいので、大変。グチャッとつぶしてしまったりもした。それでも、人に馴れていなかったので十匹ちかく捕まえることができた。家庭では、こうはいかない。捕まえたガとあわせて、さっそく唐揚げにして、食べてみる。殻付きの小エビを食べている、そんな印象で、くせがない。
 ガの方は、残念ながらどれも抱卵してはいなかったので、卵の絶品さは味わうことができなかった。ガ自体はなじみやすい味で、中身が少し残っていたほうが香りも生きてくるのではないだろうか。イメージで苦手な人はよく揚げれば、無難なおつまみといったところかだろうか。
ゴキブリについては、このまま、レモンをしぼって食べてもいいが、チリソース風味にしたり、バター炒め香草添えとかにしたら、けっこういけそうな気がする。クリームソース系だとどうしても、白色のソースのなかで真っ黒なゴキブリが目立ってしまう。中華のトウチ炒めだと、トウチの色とゴキブリの色が同系なので嫌悪感が生まれないかもしれない。僕らの課題は、やっぱりレシピの開発ですねえ、という話題になった。タイでは、ゴキブリをふりかけにして食べるし、中国では当然のことながら、漢方薬として、うっ血や閉経、悪寒、宿便などに用いられているそうだ。欧米でも、腎臓などの薬として近年まで利用されていたようである。この経緯からすれば、明らかにゴキブリは健康にもよさそうである。
ゴキブリについては、固体数が多く身近に捕まえられるので、将来の大震災などの危機的情況ではきわめて有効な食料になりうるはずだ。第二次世界大戦で、日本軍の捕虜となったアメリカ人が乏しい食料のなかで生き延びられたケースの中には、ゴキブリを食べることができたかどうかということもあったそうだ。十九世紀のイギリスの船乗りたちは、船内で捕まえたゴキブリをスープにして栄養補給していたらしいし、ゴキブリはやっぱり緊急時の大切な食料ではあるまいか。こうやって食べたらおいしそう、食欲がそそられる、そんな提案をしてみることで、日本人に根深いゴキブリぎらい、偏見と呼ばれるようなものを取り除くように努力していきたい。

参考 「ゴキブリのはなし」安富和男 著・技報堂出版(91年発行)
「虫を食べる人びと」三橋淳 著・平凡社(97年発行)
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[虫食通信]