『いのちの食べかた』(原題:OUR DAILY BREAD、監督・撮影:ニコラウス・ゲイハルター、2005年、オーストリア・ドイツ)を見る。ちょっと邦題が意図的であまり好きになれない。映画を見終わってもその気持ちは変わらない。もっと原題にそって『日々の食物はいま…』ぐらいがノーマルでいいのではないか。ナレーションを全く入れない監督の意図からはずれる邦訳である。
昨年の正月に見た『ダーヴィンの悪夢』とは対極にある手法でありながら、じつのところやはり食のグローバル化を問うていることに変わりはない。牛、豚、鶏、魚、パプリカ、リンゴ、トマト、キャベツ、アーモンド、ひまわりなど、我々が日々口にする食べ物の生産・加工の現場が淡々と映し出される。なんら機械生産工場と変わらない無機質な職場、マニュアル化された仕事、無表情な作業員、そこには生き物を育み収穫する喜びは微塵もない。
日本の食糧自給率が40パーセントを下回った(らしい)。この映画を見るとそれも頷ける。莫大な人口を養うには農業も畜産もベルトコンベアーにのせるしかないのだ。そうしなければ効率が悪く利益がでない。政府はじめ識者は「困った困った」の大合唱だ。輪廻転生の国日本でそれができるか。いみじくも「いのちの食べかた」という邦題が日本人の深層心理を物語っている。欧米人は食事の前に「いただきます」というだろうか。
ひるがえって虫を食べるのも「いのちをいただく」行為にほかならない。現代に生きるわれわれは普段屠畜処理をなかなか目にできない。パック詰めされた肉のパーツを買って食べるだけだ。虫を取って調理して食べることでそれを実感できる。そこで提案だが、昆虫食を学校の授業に組み入れたらどうか。昆虫が豊富な日本だからこそできる「いのちの食べかた」がそこにある。
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コメント
なぜ通常の食品だけをそう指摘し昆虫食だけを推進するのかが理解できない。
輸入物の昆虫や缶詰の昆虫とて指摘している食品と同じ製造過程を通っているというのに。
この項で言いたいのは既製品の昆虫ではなく、下から3行の
「虫を取って調理して食べることでそれを実感できる。」ってとこでしょ。
専門の学校でもなければ牛や豚は簡単にはいかないし。
鶏でもBSとかでは聞くけど、普通の学校ではあまり聞かない。
そういう面では魚でもいいと思うんだけど、魚は調理前には勝手に死んでる場合も多いから既に食材化してるし。
で、昆虫だとどうかというと、地域によっては現実的かなとは思います。
実際そうやって教わったことがある身としても。
あと魚は人数分の確保が大変ですね。
生きてるのを買ってきて子供にばれない仕掛けを作るにしても、金がかかる。
虫ならそこらへんはクリアーできますし。
僕もそのつもりでした。うまく伝わらなかったようで残念です。