029 多摩美大、女7人衆に栄光あれ

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 今回画期的な試食会が行われた。多摩美大の「書物研究」ゼミ室で、くらばぁずらばぁ編集長のもと、総勢7名の女傑が挑んだ模様。昆虫料理研究会主催の定例とは別に、こうした臨時の試食会が催されるのはきわめて稀と言える。
 
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 試食会終盤には「悲鳴ばっかで言葉がまったく機能していない状態」「いわゆるパニック症候群」に陥ったという。彼女らの勇敢なる行動に拍手を送ろう。これからの人生で貴重な経験となるだろう。
 
 そもそも生命が上陸し、地球上に爬虫類が登場して以来、生命維持をつかさどる脳幹の部分は今日までほとんど変わっていないと言われている。それは爬虫類脳と呼び名されている。この基本回路に新しい脳が次々と増設されて今日に至っている。
 
 爬虫類の大部分は虫類を主食とする。しかも生き餌でなくてはならない。彼らは動く物を餌と認識する。人間の赤ちゃんが動くものをなんでも口にいれたがるのは爬虫類脳がまだ機能している所以である。本来子供たち(特に男の子)は昆虫が好きだし、昆虫採集に夏の暑さを忘れるほど熱中する。
 
 教育は人間を人間たらしめるとルソーは言うが、人間をサイボーグ化する側面ももつ。動物的本能は野蛮なものとして脳の奥底にしまい込まれる。生きるという動物的本能が失われ、かけがえのない生命を軽視する傾向に拍車がかかり、悲惨な戦争や事件が日常となりつつある。
 
 日本人は終戦まで死と隣り合わせの生活を強いられたし、家庭でも祖父や祖母の死を身近に経験している。ところが現代では荘厳であるべき死が実感の希薄なバーチャルな存在に成り下がってしまっている。
 
 われわれはもう一度原点に立ち返り、生命をいただく実感を体験すべきではないのか。そうした観点から食農教育が叫ばれている。家庭菜園なども希望者が増大していると聞く。しかし動物性食品については自家製はなかなかむずかしいとされ、未着手の分野である。
 
 昆虫料理研究会の役割は、そのような固定観念と常識をくつがえし、驚異に満ちた食の冒険を提案することにある。「おいしい」という観念はたぶんに心理的であり、伝統的であり、一時的でもある。食文化はきわめて流動的と言わざるをえず、時代と場所に規定される。
 
 いまでも信州では駅前の土産物店に入ると、蜂の子、イナゴ、カイコさなぎ、ザザムシなどの佃煮が売られている。住宅街のスーパーなどでも蜂の子やイナゴは「食品」として普通に缶詰コーナーに陳列されている。狭い日本でも地域によって虫はれっきとした「食品」であり、世界に目を向けると各地に「食品」としての虫が存在している。
 
 虫の味は今日の「おいしい」という狭い観念を突き抜けた広がりをもつ。それはいわば爬虫類の舌が感じる味なのだ。言い換えればそれは本能が感じる味であり、縄文人が感じる味でもある。わが研究会の催す試食会は、古人に思いをはせながら、ゆっくりと虫をかみしめる幸せを感じる、時空をこえた饗宴の場でもある。
 
 書物から実存へ、実存から書物への往還こそ真に新たな書物研究の地平を切り開く方途である。もとより食虫への関心は彼女らの自己保存本能が爬虫類脳を覚醒させた結果に他ならない。あまりにもバーチャルな現代生活の中へ打ち込まれた実存の楔として食虫体験が機能するならば、彼女らの前途に繁栄が約束されるだろう。
 
 多摩美大、女7人衆に栄光あれ
 

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昆虫料理研究会では、阿佐ヶ谷と高田馬場でそれぞれ月に一度、昆虫料理の試食体験会を開催しています。お気軽にご参加ください。
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コメント

  1. 泥まみれ より:

    実存がどうしたといふやうな難しい話は別にして、虫食ひ生活はおそらくもつとも手軽な文化交流の実践だし、異文化理解の教材だらう。たとへば、韓国に旅行する者はおほいが、そのうちポンテキを食ふ者がどのくらゐゐるだらうか。しかし一度でもポンテキを食つてみれば、具体的な実感を持つて、自分たちの文化や慣習を相対化できるはずだ。だいたい世界で、魚を生食する人口と虫を食材にする人口とどちらがおほいか。食生活では日本人のはうがむしろ例外的なのだよ。

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